このブログでは、たびたび 私が瞑想で見たというビジョンのことを書いています。
中には、"あっちの世界"に行っちゃってるヤバイ人なのかと思われていらっしゃる方もいるかもしれませんね(^-^;;;
自分なりの弁明としては(笑)、少しばかり変わっていたとしても(!?)別にヤバくはないのではないかと。。。思ってます。
社会人1年目から実家を出て、一般企業で働いて、自分の稼ぎで家賃を払い、地に足をつけて自活しています。
人里離れた処で、仙人みたいな暮らしをしているわけではありません(笑)・・・できるものなら、山奥に住んでみたいという憧れはありますが(爆 (>▽<)
サイキックな人や、アカシックレコードを読める人等、そういう人達から同じことを言われるのですが、だいたいの場合は、左脳か右脳のどちらかに比重が傾くことが多いそうなのですが、私は基本的に両方を使ってるそうです。
感覚的に感じたりしながら(右脳)、分析したり理屈や理論を考えて現実的に対処したり(左脳)、その逆に左脳で考えながら 右脳で処理したりしてるそうです。
(どこまで関係性があるかはわかりませんが、身体的には 生まれつき、書いたりお箸を持つのは右利きですが、ボールを蹴ったりする足は左利きだったりします。)
((更には、そういう人に、ある時代には、私はイルカだったことがある、とも言われたことがあります。イルカは右と左の脳を使うと言われてますよね。。。自分の中で思い当たるフシや記憶とかがいろいろあるのですが。。。まー、それが真実かは本当の所はわからないってことは、わかっています、笑))
(どこまで関係性があるかはわかりませんが、身体的には 生まれつき、書いたりお箸を持つのは右利きですが、ボールを蹴ったりする足は左利きだったりします。)
((更には、そういう人に、ある時代には、私はイルカだったことがある、とも言われたことがあります。イルカは右と左の脳を使うと言われてますよね。。。自分の中で思い当たるフシや記憶とかがいろいろあるのですが。。。まー、それが真実かは本当の所はわからないってことは、わかっています、笑))
どんな不思議な体験をしても、現実性や理性を失っているつもりはありません。
そうした体験が、左脳的に説明や証明ができなくても、「でも、そんなこともある・あり得るってことだよね~」と受け入れています。
(この話に、さらにワンネスの世界を前提にすると、またちょっと捉え方が違うのですが、ここではそのことは言及しません。)
(この話に、さらにワンネスの世界を前提にすると、またちょっと捉え方が違うのですが、ここではそのことは言及しません。)
ビジョンの話に戻しますが、極論を言うと、見えたことそのものは、実は関係ないのです。
それは、あくまでも"形態"でしかないからです。
大切なのは、その"内容"だと思っています。
得たインスピレーションやアイデアを、私が実生活で有効に活用できたり、もしくは心理的に気持ちが向上したり、愛情深く感じたり、心が穏やかになったりできたのであれば、それでいいのです。
それらのことが、人によっては、ヨガをしている時やジョギングしている時に感じるというのであれば、それでいいということです。
ビジョンを見るために瞑想をしているわけではないのです。
私にとって有効な"内容"を享受する・思い出すのに、その手段としてビジョン(形態)があるだけです。
たまたま(?)瞑想をすると勝手に映像が始まることがあって、人が現れたりして、何かを教えてくれたり、ヒーリングと言われるような事を行ってくれて、疲れを取ってくれたり、制限やブロックを思われることを解除するのを助けてくれたりするのです。
そうする手段が、私が理解できる形で、実際に助けになっているというだけです。そして、こうした体験は、他のクリスタルではここまで顕著に起こらなかったけれど(もちろん印象的なエピソードはいくつかはあります)、アンダラを迎えてから、色々大きく変わったのです。(私の場合)
レムリアの森!?そんなのが本当にあると思ってるの??---と信じがたい人がいるとしたら、それを信じる必要はないんです。
私はそういったものが、現実にあるんですヨ とは言っていません。
私が、自分が見えたものが、そういった処のように思えると思っているのです。
そして、そういった処があったら それはそれでとっても素敵だなと思うし、実際に存在しててもいいよねと思っています *.+ (^-^)
そのことを踏まえた上で、シエラ産レッドオレンジにまつわる、マジカルだった体験(本章)を書きたいと思います。
その話には、レムリアの神殿やら神官が出てきます。
これも一つのロマンと思って読んでくだされば、、と思います。