過日、「コバルトブルーアンダラの恩恵」で、私は彼のことを寡黙な人というようなことを書きました。
その後しばしば、コバルトブルーの彼からは、別に寡黙ってわけじゃないんだけどね、、、なアピールがありました(≧▽≦)
私が今まで接してきた感じが、いつもそういう印象だったからそう思っていたわけですが、彼としては、常にだんまりなわけではなく、言うべきことがあったらちゃんと伝えるようです。
こんなメッセージを受け取りました。
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君たちの世界だと思っているそこは、あまりにたくさんのことがありすぎて、それらの多くのことで思考が占領されていることはわかっているよね?
外側の世界のことに気を取られすぎて、振り回されないでいて欲しい。
自分の頭の中・心の中のお喋りを黙らせて、沈黙でいることを恐れないで欲しい。
外側の世界に気を取られるのは、内側の真の世界・真実を気づかせまいとするエゴのトリックなんだよ。
真実を知りたい・学びたいなら、注意を向ける先は、君自身の内側だ。
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私達の「日常」が多忙すぎると、気にかけている物事の数だけ、自分のエネルギーや魂が引きちぎられて、自分から離れていってしまうような気になりませんか?
たいていは、それらは気づかないうちにそうなっています。
そして、そのエネルギー・魂が自分の元に100%あるのが望ましいのに、外側にどんどん飛んでいってしまうので、そのパーセンテージが減っていくように感じます。
引きちぎられて飛んでいってしまった(ように見える)エネルギー・魂を、再び自分の元に呼び戻してかき集めるのに必要なのは、静かに過ごす時間や場所、自分の本当の声に耳を澄ますことだと、体験的に思います。
そうするのに、私の一番のお気に入りの過ごし方は、ガーデンピクニックです。
お気に入りのブーランジェリーでサラダ、パン、デザート、コーヒーを調達して、あまり知られていないシークレットガーデンに出かけて、季節ごとの草花を眺めながら、そこのベンチでランチを取るのです(≧▽≦)
食べ終わった後は、バッグに忍ばせているノートを取り出して、想いを綴ったりします。
季節が良ければ、風に乗ったガーデンの花の香りを楽しむこともできて、天然のアロマテラピーです。
周囲にある木々の葉っぱがサワサワする音を聴くのも、大大大好きです。
春夏は、葉っぱも潤っているので、そんな感じのサワサワです。秋冬は葉っぱも乾燥するので、音がまた違います。
空気(風)に、季節の粒子を感じることもできます。
たくさん深呼吸をして、そんなふうに 季節を感じるのが好きです。
そうこうして、日頃の慌ただしさから切り離した場所・時間を過ごすと、引きちぎられて飛んでいってた自分のエネルギー・魂が、自分の中にどんどん戻ってくるのを感じます *.+゜
どんどん戻ってくると、パーセンテージが上がってきて、やっと「自分」が戻ってきた☆ って気になります。
ピクニックするには寒すぎる真冬や、ガーデンに出かける時間さえない時は、おうちで瞑想タイムを設けます。
キャンドルを灯したり、香水やルームスプレーをシュシュッとしたりします。
忙しいほど、そんな時間をもつ暇もないよ!って時もありますが、そんな時こそ そうした時間を持つのが心身ともに健やかにいられるコツだったりします。
そして、何より、真実に気づいたり感じたりする/真実に近づくチャンスとなります。
コバルトブルーの彼が言う「外側の世界に気を取られるのは、内側の真の世界・真実を気づかせまいとするエゴのトリック」というのは、私達が見て体感していると思っている外の世界は、実は全て 自らの思考が投影された世界です。
だから、外の世界を何とかして変化させようとしても、一時的には良くなったとしても、それは真の解決にはならないということです。
本当に変えるべきもの・ことは、自分の思考・心です。
それは、「外側のどこか」にはありません。だから彼は、「真実を知りたい・学びたいなら、注意を向ける先は、君自身の内側だ」と、言っているのです。
...だからと言って、会社に行く必要がないとか 子供や家族の世話をする必要がない、というわけではありません。
ただ、それらのシーンで起こる様々なドラマは、全ては自らの心が決めた(投影した)シナリオなのです。
そして、それらは形態です。
どんなに形態が様々で複雑であっても、選択肢は2つしかないことを「ローズアンバーの恩恵」で書きました。
それは、愛を元に選んでいるか、or 恐れを元に選んでいるか ということ。
前者を別の言葉で表すならば、
無罪性、真実、永遠、スピリット、一つであること、平安、無限...
後者を別の言葉で表すならば、
有罪性、幻想(偽り)、時間、肉体、分離、不安、制限がある...
アタマじゃそのことを知っていたとしても、実際にこの世界で色々なことに忙殺されると、前者の思いから離れてしまい、結果として、前者も後者もいっしょくたにし、後者をもリアルにしてしまっています。
そうすると、真の自分を見失ってしまいます。
「真の自分を見失う」と「自分のエネルギーや魂が引きちぎられて、自分から離れていってしまう」は、結果として同じこと。
そうならないように・そうなったと思うなら再び正しい状態になるように、自分の内側に戻る・内側に注意を向ける必要があるのです。
新着アンダラ達...THE JOURNEY HOMEに届いています *.+゜こちらはそのうちの一つのインドネシア産コバルトブルー |