ピンクはシエラ産、コバルトブルーはインドネシア産です |
私もご多分に漏れず、そのようなレッスンは、今までにすでにいくつかはやって来ました。
そもそも、そのような事態に何故 遭遇するのか?このような"罰"を受けなくてはならない理由はどこから来るのか? 私達は何のためにこの「世界」に生まれてきたのか? 等々と思うことがあって、スピリチュアルな探求に深く足を踏み入れたように思います。
例えば、映画やドラマでも、惨事に見舞われると、「神さま、どうしてこんな酷いことをなさるのですか?」というようなシーンがたびたびあるかと思います。実際の生活でも、まさに そう問いかけたくなる時が確かにあったりします。
本当のところ実は、神さまは私達が住んでいる(と思っている)この世界のことは、何も関与していません。神さまは私達のこの世界の同じ時間枠や空間の中にはおらず、その向こう側にいるのです。なので、この世で起こることと神さまは、何の関係もありません。
神さま自身が私達に罰を与えたり、そのような仕打ちをすることは決してありません。
何故なら、神は完全なる愛の存在だからです。
完全なる愛の存在が、憎悪の念を持ったり、罰を与えたりするでしょうか?
完全なる愛という一元性に、ほんの少しでも"愛以外のもの"が加わるなら、それはもう「完全なる愛」ではなくなってしまいます。
私達が住んでいる(と思っている)この世界は、残念ながら"愛以外のもの"も溢れかえっている世界です。
一方で、神が本当に完全なる愛であり、この世界に関与していないら、それは喜ぶべきことです。
アダムとイヴは、真には楽園から追放されてはいないのです *.+゜
とは言え、私達はツライと思うレッスンを体験したと思っています。
(その理由は、神から離れてしまった私達の分離の想念や罪の意識から生まれたのですが、その話はまた別の機会に。。。)
そんな時、楽園からは程遠く、奈落の底に落ちた・落とされたと感じてしまします。
その体験は、ものの見方を変えることで、罪や罰がリアルであることを助長するための体験なのか、罪や罰のような"愛以外のもの"を取り消して 真にリアルである愛に還るための手段にするのかを、私達は選ぶことができます。
頭では「フムフム、そうなのか」とわかっても、腹の底から腑に落ちるまでには、個人差はあれ、時間的なものが必要であったりすのが 実際のところであると、体験上 そのように思います。
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冒頭で、私自身もレッスンがあった と書きました。
過去世を見る(見てもらう)のも、こういう時に役立ちました。なんと、今生で起きたことと同じようなことが、過去世でも同じ相手から繰り返し受けていたとわかったからです。私は、これらのレッスンを卒業するのだと、天に願い、誓いました。もう二度と、こういった体験は繰り返したくない、だから終わりにする、と。
それらの出来事を、発生当時と比べたら、冷静に直視できるようになったし、被害者(傷つけられた私)と、加害者(傷つけた誰か)という意識も薄れ、状況を赦せるようになってきたと思えて、かなり落ち着いています。
この世は幻想なので、起きたと思っていたことは、本当には起こっていなかったのだ、と徐々に腹の底から納得できるようになってきたのです。
楽園から追放され、奈落の底へは誰も(被害者も加害者さえも)本当は落ちていなかった、と。
それでも時々、過去のレッスンが思い出される時があります。
でも それは今では、片付いていなかった部屋の隅の汚れに気がづいて、その部分を綺麗に掃除をするようなものです。
そして、しばらくすると多分また、片付いていない別の部分が見つかって、またそこを掃除する・・・・そんな繰り返しなんだと思います。最初の頃は、意を決して大掛かりな大掃除をしなくてはならないのが、片づけがどんどん進んでいくと、汚れやちらかった部分はどんどん無くなっていくので、だんだんとちゃちゃっと楽ちんに済むようになっていくようなイメージです。
アンダラと出逢ってからは、そういうことが思い出された時は彼らにサポートをお願いしています。
過去のブログ<書くことのススメ>で書いた通り、彼らを握って、想いの丈をノートに書きまくることもあります。
瞑想することもあります。
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先日、ふっとまた心に過去のことが浮上してきた時があり、愛のシンボルであるシエラ産のピンクアンダラと、心の平安・静寂が保てるように、インドネシア産のコバルトブルーをそれぞれの手に握って、瞑想をしました。
私の過去のレッスンを、真の我が家へ帰る 愛への帰還のために使って下さい...と祈りを捧げ、瞑想体勢に入りました。
見えてきたビジョンは・・・・・目の前には、優美なピンクアンダラが どど~ん 大きな岩のように一面覆われていました。
でも、近づいてよ~く見ると、ところどころが穴が空いて欠けていて、欠損して傷ついていました。
その部分が、過去のレッスンで私が傷ついたと思っているハート・心の傷を表していました。
表面上の意識では、だいぶ回復できてきていると思っていましたが、このビジョンを見る限りは、まだ無意識下では、完全ではないんだなぁ~とわかります。
ビジョンの中で、欠損部分を一つ一つ丁寧に のぞき込むように見ると、「あぁ、これはあの時の出来事だ」とか、「これはあのレッスンだ」ということが思い出されました。
すると、コバルトブルーの彼が
「君が見ている通りだよ。でも大丈夫だから、ゆっくり落ち着いて、深呼吸をして。
当時のつらかったという思いは、呼吸と共に吐き出してごらん。
そして、真の愛の世界では、愛以外のものはなく、全ては癒されて 何にも囚われることなく解放されいることを思い出すんだ。」
という声が聞こえました。
言われた通りに、落ち着いて、ゆっくり大きく深呼吸を繰り返しました。
深呼吸と同時に、「真の愛の世界では愛以外のものはない。全ては癒され、解放されている・・・」と言い聞かせるように何度か繰り返し念じました。。。
・・・・すると、何処からともなく、ピンクの欠けている破片や粉々の微塵になった部分までもがキラキラキラーッと現れて、次々 欠損している部分が修復されていきました。。。*.+゜
その修復の様子を眺めていると、実はこの一面に広がる岩のようなピンクアンダラは、二重になっていました。
傷があったほうは、実は本物のように見えるホログラフィーのような存在で、その下に、全く傷一つついていないピンクアンダラがあったのです☆
表面に見えていたホログラフィー部分が真実だと思って、欠損しているように見えていたわけですが、それが本当の姿ではなく、その下に”真実の状態・完全な状態”であるピンクアンダラは、何一つ欠損していることなく、この上なく完全な美しい存在でした。。。*.+゜
肉体・自我を持つ私は、傷があるように見えるので、実際に傷があると信じていたわけです。
でも、真実は、傷など最初からついていなく、完璧な状態であると気づき、受け入れ、そうであることを赦すことによって、その二重に見えていたのが、傷がどんどん修復されると同時に、最初からある完全な方と、一体化して ホログラフィーが消えていくビジョンでした。。。*.+゜
その様子の美しさと神秘さには、あぁすごい(≧▽≦)!!これが真実なんだね(≧▽≦)!!! という想いで 深呼吸も続けながら ひとしきり眺めていました。
私達は、傷ついたり不完全になってしまったと信じている間は、確かにそのような状態であると見えて・感じてしまいます。
でも、真の愛の世界では、愛以外のものはなく、全ては最初から完全な状態でそこにあったのです。
何かが・誰かが傷ついたり、欠けているものなど 本当はなく、真実には、そのようなことは起こっていなかったのです。。。。*.+゜
今回の二重に見えたピンクアンダラの本物に見えるホログラフィーのトリックに引っかかってしまっていたのと同じです。
真の愛という一元性は それ自体が完全であって、ほんの少しも"愛以外のもの"は、決して加わらない・・・加わることなど、最初からできないのです。
コバルトブルーの彼が、「そうだよ、それが真実なんだよ☆」というテレパシーと共に、優しくウィンクしてくれたビジョンを最後に、私はにっこり幸せな気持ちで、瞑想から意識を戻し ゆっくりと目を開けました。。。。。
コバルトブルーが 私が冷静に状況を見れるように誘導してくれ、ピンクアンダラが私のハートの状態の象徴となり、私の意識の変化と共に、癒されていき 真実を見せてくれました。
・・・ピンクアンダラとコバルトブルーの素敵なコラボヒーリングでした。。。*.+゜
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すでにアップ済みの、私のアンダラ体験談のリンクはこちら↓
● シエラ産 ピンクアンダラの恩恵
● インドネシア産 スカイブルーアンダラの恩恵
● インドネシア産 エメラルドグリーンアンダラの恩恵
● シエラ産 レッドオレンジの恩恵(の前の序章)
● シエラ産 レッドオレンジの恩恵(本章)
● シエラ産 ローズアンバーの恩恵
● インドネシア産 コバルトブルーアンダラの恩恵
● シエラ産 パープルアンダラの恩恵
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● シエラ産 クリアアンダラ(オラクル)の恩恵
● シエラ産 ラベンダーアンダラの恩恵