messages from andaras:本質を見る ② にて、自我/エゴの この世のあらわれ方について、少し綴っています。
今回は、食生活やライフスタイル的な面について、触れてみたいと思います。
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自我/エゴの目的は、私達がこの地球生活の夢を見ていることを、夢ではなくリアルだと信じ込ませ、そこから目覚めさせないようにすることです。
できるものなら、可能な限り、夢の深いところに留まっていて欲しいと願っています。
そのためなら、この世界の、ありとあらゆる享楽を差し出してくるでしょう。
一方で、この二元性の世界が、真実の世界であるはずがないことに気づき、徐々に夢から目覚めようとしている人たちもいます。
自我/エゴは、そうそう簡単には諦めないので、そのような人たちが目覚めないように、様々なトリックを (残念ながら もちろん) 仕掛けてきます。
トリックには、対人関係の問題や(この話題は、追々いずれ...)、自己評価や病や肉体について...等々、いずれも、私達がこの地球生活で、自らが「体験している」と信じている/信じてきた 事柄が利用されます。
なので、この時点で、「でも、これらすべてが夢なんですよ」と言ったところで、即時に理解したり信じたりすることは、一般的には困難であるわけです(≧▽≦;;)
私達は、その時代に即した、共通認識のようなものや、一般的とされている概念や、ある時から" 流行り・流行 " となるようなものもあります。
一昔前は、貧しいことがスピリチュアルであるとされていましたが、近年は豊かになることが流行っているような風潮ですよね。
それが、良い・悪いという問題ではありません。
豊かであって良いし、健康であっても良いのです。
ただ、それを、どのような思考を基にしているのかが、ポイントです。
この世の物質的な個々の物事がリアルであると助長している・強化するような思考である場合は、それはエゴ的である可能性が大きいです。
豊かさについてのワンネス的捉え方は、THE JOURNEY HOMEのInfinite Prosperity Wrappingのコンセプトで触れている通りです。
また、身体的なことは、過日ローズアンバーアンダラが言っていた言葉を借りるなら:
「例えば、ヴィーガンと肉食の人とか、ヨガをする人としない人とか、それぞれのどちらかが優れていて、どちらかが劣っているというような考えには 注意が必要なのかがわかるかい?
----大切なことは、それらが愛の選択から行われているかどうか ということなんだ。
それを"しなければならない"ということに囚われているのだとしたら(それをしなければスピリチュアルじゃないとか 健康になれないとか)、自らの不完全さを助長させ、かつ肉体をリアルにし強化してしまっていることになるんだよ。」
---- ということなのです。
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少し前から、スピリチュアルやニューエイジの分野では、「マインド・ボディ・スピリットのバランスを取ること」が推奨されています。
とても理にかなっていそうで、この地球生活で 心地良く生きていくためには、素晴らしいアイデアのように思えます。
しかしながら、この言葉のままを信じて、マインドもボディもスピリットもリアルなものと認識している場合、ワンネスの世界には辿り着けないことがわかりますか?
ここで、真にリアルなものは、スピリットです。
ボディは、この地球生活の中に カタチあるものとして存在するものなので、真実ではありません。
時間という枠の中で、若かりし細胞から 年老いて死に変化していくものは、ワンネスの世界には属すものではありません。
マインドとかハート...という言葉は、少しやっかいです。
脳みそで考え出される思考や、心臓という部位なら、これは身体の一部(臓器)なので 同上です。
カタチあるものではない思考や心のことを差しているのならば、更にそれが、自我/エゴに基づいた誤った思考・心であるのか、愛に基づいた正しい思考・心のことを差しているのかによって、また解釈が異なってきます。
----- いかがでしょう?
これだけ異なった見方、トリックがあるのに、それらをいっしょくたにしてバランスを取ることで、一なる愛へと帰還できると思いますか?
では、これらを全て無視するのがいいのでしょうか?
無視するという選択肢も存在しますが、無視しなくても良いのです。
混乱を感じる方もいらっしゃるかもしれませんが。。。。慣れてくると、(私がそうであったように)感覚的理解が進むはずです。
無意識の想念で、肉体やこの世があると見えている状態で、無視してしまうことのほうが、単に否認しているだけなので、それも結局、ワンネスには辿り着かないでしょう。
本質を理解した上で、この地球生活上の物事(身体とか)を、愛への帰還のために利用するのを意図することです。
いくら、この肉体は幻想だと言い聞かせても、私達は息をしなければ苦しいですし、怪我をすれば痛みを感じます。
そのように肉体があると認識されているうちは、この肉体を使って、ワンネスへの道を辿っていくのです。
自分がすべての原因で、この世界に見えているものが結果だとわかってくると (自分の思考がこの世に投影されているのだとわかってくると)、自分の思考に注意を払うことがどれだけ重要かが わかってくるのではないかと思います。
そして、愛の思考を選択し続けていくよう努力し、この世のアレコレへの囚われから自由になっていくと、目に見えて身体的症状等にも、変化がでてくるかもしれません。
例えば、私は、この世的にあまり健康的ではないとされているものを 罪悪感を感じながら食べると(ポテトチップスとか^^;)、必ずといっていいほど口内炎ができます。
でも、そうした罪や悪が存在するという思考から、真には私達はスピリットで 肉体には影響されない存在であることを思い出すと、できた瞬間から 3~5分後には、見事に口内炎が消えます。何回も消えた経験をしていますが(必ず 消えます)、思考の即時性に毎回ちょっとびっくりします(@▽@;)
また、以前は、花粉症もかなり重症で、目もぱっちり開かず、熱っぽく 頭はずーっとぼーっとしっぱなしでした。
ワンネスを学ぶ前は、身体的療法を試みようとして、アロマテラピーやらハーブティー、花粉シーズンの数か月前からは刺激物は控える(カフェインも一日2杯まで、チョコレート等もどうしても..という時以外は食べない) などなど、色んなルールを作って、軽減を試みていました。
ちなみに、当時はもともとセミベジタリアンでもありました。
10年がかりで、良くなってきている実感はあり、目が開かない感じとか熱っぽいという症状は、ほぼなくなりました。
そして、ワンネスを学ぶようになってからは・・・・上記のようなルールにも囚われなくなって、カフェインも肉も甘い物も、当時より摂取が増えていても、症状は年々軽くなっていく一方です(@▽@)
毎年のように、「今年の花粉は多い」などという予報を見て、もしかしたら今年こそは症状が悪化するかも・・・と警戒しつつも、自らの思考・心の設定に気をつけながら過ごすと、、、「去年よりさらに調子が良かったかも。。」というような具合です。。。
一緒に住んでいる人や、会社で 前後左右 インフルエンザになった人達(みんな順繰り移っている;;;)に囲まれた席で仕事をしていても、移ったことは一度もありません。
予防接種も受けていませんし、マスクはもともと好きではないので、予防のためにマスクをしたことも 今のところありません。
それでも、仕事上のストレスなどから、気が緩むことを考慮して、アンダラにプロテクションのお願いをしているくらいです(≧▽≦)
体調管理、スペースの確保、リラクセーション... に大活躍のシエラ産のmyグリーンアンダラ✧* |
リアルでないものは真には存在せず、真にリアルなものは影響されない/脅かされない---- ということを、自分の身体を通じて、少しずつ、本質・真実を理解し体感していっているところです(*´꒳`*)
あれこれとルールを作って守ろうと努力してきた時より、気ままで自由です。
食べることもライフスタイルも、もはや好みの問題で、好きだから・食べたいから 罪悪感なくそれらを優劣なく選択する・・・という感じです。
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自我/エゴの罠にはまるのではなく、自我/エゴの世界の概念(肉体やこの世)を利用しつつ、形勢を少しずつ逆転できるようになると、もっともっと囚われなくなります *.+゜
こうした情報が、少しでも参考になり、私達が真の自分を思い出していく助けになれば。。。と思っています✧*.+゜
その他参考記事:
<この世を諦める=この世のアレコレに囚われなくなる=自由になる>
<この世が幻想でも、(今すぐ)この世を諦める必要はないんです>
<フォーカスすべきなのは幻想ではなく愛>
- THE JOURNEY HOME